はたらく人のwell-beingを考える

フィンランドで学び国家認定ソーシャルワーカー資格、現在日本で【はたらく人のwell-being(より良く生きる)】のためのコンテンツを提供している、講師で開発者のおおばやしあやの仕事ブログです。

被災したばかりの人に「頑張って」と言うべきでない理由

ショック状態の人に声をかけるべきでないこととは

 

豪雨災害、台風、大規模地震と、非常に大きな災害が続いています。

 

ニュースを目にしているだけでも絶望感が襲ってくるものを、被災地の方々の不安やご苦労はいかばかりだろうと、胸が痛みます。救助・介助に当たっている方々も含め、みなさんの身の安全と、事態が落ち着き、早く日常に戻られますこと、心からお祈り申し上げます。

 

 被災地で何か必要なことがあれば、今後微力でも力にならせて頂くつもりですが、その前にどうしても、表題記事をなるべく早く投稿しなくてはと思いました。

 

この記事は、『知り合いが被災した(クライシスに遭遇した)、自分は救助や介助のプロではないけれど、SNSなどを通して、あるいは直接何かできることはないか』と考える人のための提案です。

 

数日前から台風被害があり、今朝未明に北海道で地震が起きたわけですが、被災地にいらっしゃらない方は、元気づけをしたいという理由であっても、これから少なくとも1週間ほどはSNSなどで「頑張ってください」「大丈夫、乗り越えられる」といった元気づけメッセージを、決して被災者の方に送らないで頂ければと思います。

 

もし何かを伝えたい場合には、頑張れという相手ベースの言葉ではなく、たとえば「あなたの味方です」「安全を願っています」「必要なもの、できることがあれば言って下さい」というような、ご自身が相手を案じるメッセージを送ってください。

 

以下に、理由を書きます。

 

 

クライシス(災害・危機的状況)を乗り越えるのにはステップがある

 

ノルウェーは石油産出国として有名ですが、海底油田であるがために採掘現場では火災、水害など人命に関わるような事故が絶えません。事故にあった当事者、同僚、家族、あるいは救出にあたった人々の心の回復のために、トラウマ(精神的外傷)と、PTSD心的外傷後ストレス障害)ケアの研究が進みました。

 

研究(Cullberg および Saari, 2005)によると、人がクライシス(災害・危機的状況)を乗り越えるのには4段階あり、その段階によってケア提供者などは対応を変えるのが適切であるということです。

 

◎トラウマ的出来事から回復するまでのフェーズ

  1. Psychological shock…心的ショックフェーズ:数時間~数日
  2. Reaction stage …リアクションステージ:数日
  3. Working through and processing stage …克服と変移のステージ:数週間~数年
  4. Reorientation stage …再順応のステージ:残りの人生

(無難に訳したので正確ではないと思いますが参考までに)

 

なおこのプロセスは、すべてのクライシス…自然災害だけでなく、交通事故や肉親の死、人的災害、失恋まで、多くの「身に降りかかったショッキングな出来事」にあてはめて考えることができます。

 

第1フェーズ:クライシスが起こってすぐは、細心の注意をし、トラウマになるような言動を慎む

 

トラウマ的な出来事が起こる、ショックを受けたその時とそれから数時間~数日が、1番の心的ショックフェーズ、9/6現在台風や地震に遭った方々が現在置かれているような状況になります。

 

この状況にある方は、生きるための行動は正確にできるものの、それ以外の判断力はまだ追い付かず、「呆然としてしまう」というのがよく見られる反応です。悲しんだりといった感情はまだ出てきません。

 

それは、ショックに頭がまひしてしまったわけではなく、逆に「まず自分の心を守ろうとする」「自分に何が起こったかを認識し、生き残るために必要な情報を集めている」ところであり、感情を乏しくする代わりに、のちの判断のために五感から受けた情報を正確に記録しようとしているところなのです。

 

私も、東日本大震災の日は、埼玉にいましたが、揺れたとき自分の見た触ったもの、夜家族と呆然とテレビを見ていたときの食事メニュー、母の声色、妹の表情まで、鮮明に覚えています。

 

 

特に注意が必要なことに、このフェーズに人に言われたことやされたことは、とくに記憶に刷り込まれて忘れない、というものがあります。発言には細心の注意が必要です。

 

例えば、どこかにでかけてケガをしたばかりという人に、行かなければよかったのにね、というような声かけは、気軽な一言であったとしても、そのケガの思い出と共に一生強く忘れらないトラウマになりかねません。

 

ここで必要なのは、まず身の安全を気遣い、何が身に起こったかの事実のみ確認し、必要に応じて、もしできるのなら、身を守ったり安全を確保するために必要な(正確な)情報などを与えたりといったサポートをすることであると言えます。

 

この段階で「頑張って」「大丈夫、乗り越えられる」がなぜいけないのかは、頑張るもなにも、何が起こったかすらまず頭が追い付いていないので的外れどころか乱暴であるというのがおわかりかと思います。(少し強い言葉を使いましたが、その理由はあとで説明させてください)

 

頑張るだとか乗り越えるは、第3-4段階です。クライシスに対して、①それを五感で認識した後、②自分の心の反応として悲しみや怒り、絶望感が起こった後になって、やってくるものなのです。

 

 

第2フェーズ:身の安全が確保されたら、寄り添い話を聴く、必要なこと・ものを訊ねる

 

第2のリアクションステージ(クライシスより数時間~数日後の数日間)は、脅威がもう終わった、というのを感覚が察知した後にやってくるものです。

 

この段階になって、サバイバーには強い感情がわき上がってきます。

 

一体自分の身に何が起こったのか、その出来事は自分の人生にとってどんな意味を持つのかを考えるようになり、終わった安堵のほか、落ち込み、虚無感、怒りや恐怖などといった感情が反応として出てきたり、体にも、睡眠障害や、頭痛、原因不明の痛みといった症状が現れたり、普段できていた生活行動が難しくなったりします。

 

ショックフェーズで人に言われたことについて強く反応し、たとえば後悔や恥などに強く苦しんでしまうのもこの段階です。(これは強さは薄れても長い期間続くことがあります)

 

まさにここはリアクションの段階ですので、もし周囲の人が何かできるとすれば、寄り添って(相手が話したいようであれば)じっくり話を聴く(何があったか+今なにを感じているのか)、あるいは今必要なこと・ものを訊ねることであるといえます。

 

ここでも、自身に置き換えてみれば、へこんでいる時に、つらい苦しいという思いをただ受け止めて聴いてもらえることは救いになっても、元気出せよ、何とかなるって、というような声がけは適切ではない段階だとわかるのではないでしょうか。

 

再び立ち上がるためには、ある意味「へこみきる」「一回下までいく」ことがとても大切です。それが第2-3フェーズなのですが、強く感情的になっているこの時点では、ただ「聴いてくれる」「味方になってくれる人がいる」という人がいるとわかるだけで、気持ちに折り合いをつけて次へ進みやすくなると思います。

 

 

第3フェーズ:記憶を掘り返さない、距離を置かれたとしてもOKとする

 

数日の感情的なリアクションステージの後には、克服と変移のステージがやってきます。長いので克服のフェーズとします。

 

ここでサバイバーは、クライシスによる恐れやトラウマを乗り越え、未来へ向かう準備をします。ここまでは短期間でプロセスが進みましたが、ここからは内的変化がゆっくり進むので、数週間~数年かかることもあると言われます。

 

出来事のことをあまり話したくなくなり、人により記憶力や集中力の低下が見られます。人といるよりも一人でいることを好み、人間関係に難しさを感じたりすることもあります。何か新しいことに挑戦するよりも、毎日決まったような行動をキープすることが適していて、このフェーズでネガティブ感情を抱えたり、孤独感やうつ症状の出るリスクはありますが、仕事などの日常に復帰することもできる段階です。

 

ここでは、前の段階で感情を口にすることを必要とした人でも、「出来事を過去のものにする」ために、あまり話題にしなくなってきます。一般的に、人との接触をあまり好みません。心理下で穴を掘って、つらかった思いも含め、出来事をお墓に埋葬しているところ、だから放っておいてほしい、と例えればいいでしょうか。

 

このフェーズで周囲にとってできることは、気にかけるけれども、聴いてほしいといわれない限り話を掘り返さず、距離はあるていど置く、必要があれば手を差し伸べるというものになってきます。

 

 

第4フェーズ:過去の出来事として共有

 

以上の第3つの段階を終えると、あれほど自分にショックを与えたクライシスも、「過去の出来事」「自分の一部」になります。

 

何が起こったか話してももうネガティブ感情は起こらず、心が平和で、前向きな印象を持てるというのが特徴です。自分に向けていた目を、他の人や世間にも向けられるようになり、成長を感じられることもあります。何か特定の出来事や行動が、サバイバーをこの段階に押し上げることもあるようです。

 

ここで周囲の人ができることは、一緒に「そんなこともあったよね」「よく乗り越えたよね」と、過去の出来事として共有することくらいです。

 

以上、『知り合いが被災した(クライシスに遭遇した)、自分は救助や介助のプロではないけれど、SNSなどを通して、あるいは直接何かできることはないか』と考える人のための提案です。

 

ここまでの流れを見たら、「克服のためにこう声掛けするべき」のようなことは、ないように思います。サバイバーの身の安全に留意し、心を寄り添わせつつ、話を聴くときは聞き、助けを必要とされたときはそうする、自分はあなたの味方です、という受け身のプレゼンスでいるということが、大事ではないでしょうか。

 

 

終わりに:熊本大地震のときに見た、ショッキングな出来事から

 

最近、とても災害が多いです。色々な地域で発生しています。

今の世の中便利なもので、豪雨も台風も地震も、いくらでも情報が入ってきます。

 

しかし、メディアで見るほうは、「またか」と思いがちですが、日本の中あるいは世界で頻発しようと、現地の被災者にとっては身に起こった「唯一」であり「はじめての恐怖」だったりするのです。

そして、大きなショックである災害を体験した人は、すべて、自分のペースで、4つのプロセスを体験する必要があります。

 

 

2016年4月に熊本大地震が起こった直後、某SNSで、東北在住とみられる方が、「大丈夫!乗り越えられるから、頑張って!」と書き込んでいたのを発見し、ショックを受けました。私はちょうどそのころフィンランドで、危機を人はどう乗り越えるのか、のクライシスワークを学んだあとでした。

 

東日本大震災を経験したその方が、その言葉を発した思いは想像できます。完全に善意で、本当に悲しい怖い思いもしたけれど、今自分は生きているから、大丈夫。あなたたちも乗り越えられるよと、そう伝えて、エールを送りたかったのだと思います。

 

けれどその時、熊本の方々は、何が起こったのかわかりもしない状況でした。繰り返しますが、日本にとっては直近二度目でも、被災者にとっては、突然降った初めての恐怖です。第三者にとっては「またか」でも、現地の方にはそうではなく、ひとりひとり、自分のペースで、受け止め、感情で反応し、お墓に埋めて、過去にしてから未来を向くことが必要なのです。

 

4つのプロセスを阻害して、段階の進行を遅らせる要素がいくつかあります。割愛しますが、主題のようにショックなことを言われたり、不当な扱いを受けたり、あるいは、悲しむべきときに悲しめない、というのもそのひとつです。

 

熊本に住む友人に、SNSなどでずいぶん早い段階で「頑張れ」と言われて、辛くはなかったか、と訊ねたら、「言えなかったけれど、実はそうだった、辛かった」と返答されました。ショックを十分に受け止めきれないこと、悲しむときに悲しめないことは、回復を遅らせます。何より、サバイバーにとって、つらいものです。

 

 

それでも、被災すぐの方に何か言いたいという場合には、頑張れという相手ベースの言葉ではなく、たとえば「あなたの味方です」「安全を願っています」「必要なもの、できることがあれば言って下さい」というような、ご自身が相手を案じるメッセージを送ってください。

 

 

たくさんの災害が起こっているいま、大変な状況にある人を「早く力づけたい」「回復してほしい」という思いも理解できますが、少しのタイミングの違いで、友人のように傷つく人がいるかもしれません。配慮を、一息待つことを、お願いしたいと思います。

 

頻発する豪雨も、台風も、地震も、当事者にとっては唯一です。

どうか、何かを発言される際には、それを忘れずにいてください。

 

 

おおばやしあや